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盛岡地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 決定

原告 泉川貞

被告 農業者年金基金 ほか一名

代理人 寳金敏明 渡辺義雄 北館健 阿部士満夫 加藤栄一

主文

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

一  本件記録によれば、原告の本件における請求は次のとおりのようである。

原告は、昭和四六年一月一日付で発足した農業者年金制度へ加入しうる資格を有していたが、農業委員会から通知がなく、適切な指導を受けることもなかつたために右の制度への加入手続が遅れ、昭和五四年一二月一〇日になつて農業者年金被保険者資格取得届を西和賀農業協同組合に提出し、さらに昭和四六年一月から昭和五一年六月までの期間の特例保険料二三万七六〇〇円及び昭和五三年一月から昭和五四年二月までの期間の通常の保険料四万一〇二〇円をそれぞれ納付した。その後、原告は、被告農業者年金基金(以下「被告基金」という。)から昭和五五年二月二九日付で当然加入被保険者としての資格取得の決定を受け、同年三月五日付で同年一月三〇日を経営移譲の終了日とする経営移譲年金裁定請求書を西和賀農業協同組合に提出したが、他方、原告は、昭和五五年三月二四日に農業者年金基金審査会に対し、審査請求をしたものの、同年七月二二日、被告基金から経営移譲年金を昭和五五年二月分から支給する旨の裁定処分(以下「本件処分」という。)を受けたので、さらに同年一二月五日同審査会に対し審査請求をした。

原告は、他の農家に対してはなされた通知や指導を受けることができなかつたために納付保険料、年金の支給開始時期及び年金額等において制度発足当初から加入した者との間で格差の生じることを余儀無くされた。

よつて、原告は、被告基金に対し、被告基金が昭和五五年七月二二日付でなした本件処分を取り消し、かつ、新たに正規の手続に基づいて裁定処分をなすこと並びに昭和五七年四月までの、保険料及び年金額の差額合計金六四万五三一七円、昭和五七年五月からの年金額の差額とこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求め、さらに、慰謝料金二〇〇万円とこれに対する支払ずみまで年五分の割合による金員及び訴訟費用のうち三分の二は被告沢内村にその余は被告基金にそれぞれ支払を求める(なお、原告は、本件処分の取消しを農業者年金基金理事長に対して求めているようでもあるが、農業者年金基金法三四条によれば本件処分は被告基金がなしたものと解しうるので、前記のとおり解した次第である。また、原告は、被告沢内村に対し原処分を取り消すように申し立てているようであるが、右にいう原処分とは何を指すのかその趣旨が明らかではない。)。

二  管轄に関する当事者の主張

1  被告らは、本件を東京地方裁判所へ移送する旨の裁判を求めるが、その理由は大要次のとおりである。

行政庁を被告とする抗告訴訟は、その行政庁の所在地の裁判所に提起すべきであるところ(行訴法一二条、三八条一項)、本件の場合被告沢内村は行訴法一二条三項の「事案の処理に当たつた下級行政機関」に該当しないし、本件における関連請求たる損害賠償請求については盛岡地方裁判所に管轄権があるとしても、行訴法は抗告訴訟の管轄裁判所に関連請求を移送、併合することは許容するものの、その逆は許容していないと解されるので、いずれにしても本件については盛岡地方裁判所に管轄権はなく、被告基金の所在地たる東京都を管轄する東京地方裁判所に移送されなければならない。

2  原告は、本件については盛岡地方裁判所に管轄権があるものと解されるし、仮に東京地方裁判所に移送されるとすれば原告の負担は計り知れないものがあるし、また、東京地方裁判所としても全国から本件のような訴訟が集まつたのでは収拾がつかないことになる旨主張する。

三  よつて、検討するに、原告の被告基金に対する請求のうち本件処分の取消しを求める請求については同被告の所在地は東京都であることからいつて行訴法一二条一項により東京地方裁判所の管轄に属し、当裁判所の管轄に属するものではないこと明らかであり、他方、被告基金及び被告沢内村に対する金員の請求については民訴法上いずれも当裁判所が管轄権を有するものと解することができる。

ところで、行訴法一二条三項によれば、「事案の処理にあたつた下級行政機関」の所在地の裁判所にも取消訴訟を提起することができるのであるが、右の「事案の処理にあたつた」といいうるためには当該処分の成立に積極的に関与したことを要するものと解されるところ、農業者年金基金法二〇条一項によれば被告基金はその業務の一部を市町村、農業協同組合等に委託することができるものの右の委託の範囲から農業者年金事業の給付に関する決定は除外されているのであるから、本件で原告が取消しを求めている本件処分につき被告沢内村又は西和賀農業協同組合が「事案の処理にあたつた」ものと解する余地はないものと考えられる。

また、行訴法は、取消訴訟の管轄裁判所に関連請求に係る訴訟の併合管轄権が生ずることを認め、同裁判所に関連請求に係る訴訟を移送し、又は併合提起しうるものとしていると解することができる(同法一三条、一六条ないし一九条)が、その逆については何らの規定もなく、行訴法は関連請求に係る訴訟に取消訴訟を併合して提起することは許容していないものと解されるので、結局、関連請求に係る訴訟についてのみ管轄権を有し取消訴訟について管轄権を有しない裁判所に取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合したうえで提起することは許されないものと解さざるをえない。

以上によれば、被告基金に対する本件処分の取消請求については当裁判所に管轄権はなく、また、併合管轄権も生じないのであるから、行訴法七条、民訴法三〇条により東京地方裁判所に移送すべきこととなる。そして、その余の被告基金及び同沢内村に対する請求は右の取消請求と相当密接に関連する請求であると解することができ、また被告らには共通した指定代理人が選任されていることなどを考慮すれば、審理の重複を避けて訴訟経済にも資するために各請求を併合して審理するのが相当であると解することができるので、民訴法三一条により同裁判所に合わせて移送することとする。

よつて、本件全部を東京地方裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 海老澤美廣 村上久一 佐久間邦夫)

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